示談による被害届や告訴の取下げ

示談による被害届や告訴の取下げ

 示談は,被疑者にとって一生を左右するとても重要な活動です。経験ある弁護士を早期に選任して示談交渉に入るべきです。特に,万引き,器物損壊,暴行事件,傷害事件(傷害の程度が重篤ではない事件)などの比較的軽微な事件では,性犯罪や殺人等の重大事件と違って,被害感情もそれほど大きくないこともあるので,直ちに被害者への接触を試みるべきでしょう。被害額の僅少な万引きでは,示談が成立しなくても微罪処分により検察庁に送られずに警察段階で終結しますが,それ以外の事件でも,示談によって事件が終結することがあります。弁護人の迅速な活動によって,送検前に被害者との間で示談が成立し,示談金を支払った場合には,その疎明資料,つまり,示談書の写しと振込票ないし領収書の写し,さらに,被害届が取り下げられれば被害届取下げ書の原本を一緒に警察へ提出することになります。多くの事件では,これによって被疑者は釈放され,検察庁に送られずに事件は終結します。被害届が提出された場合には,警察には一般的・抽象的な捜査義務が発生し,検察官に送致するよう求める規定は存在するものの,警察に法的な「送検義務」が課されているわけではなく,いわゆる,少年事件のような全件送致主義は採用されていないのです。
 ただ,被害届取下げには事件終結の法的拘束力はないことに注意すべきです。民事事件と異なって,刑事事件は事件当事者がその解決を自由に決定・処分できるものではないからです。仮に示談が成立し,被害届が取り下げられたとしても,送検されることがあります。例えば,社会的影響の大きい事件や,多数の同種前科がある場合などです。このようなケースでは,被害者が被疑者を許し,示談も成立し,被害届が取り下げられたとしても,公益上の観点(再犯のおそれや一般予防の観点など)から事件が検察庁に送られることもあります。 もっとも,送検前に示談が成立しなくても諦めないことが肝要です。示談の成立が事件送致に間に合わなかったとしても,検察官の弁解録取手続に間に合えば,検察官は,示談が成立した事件について,勾留請求せずに釈放して在宅捜査に切り替えることもあり,早期の身柄解放につながることもあるのです。その多くは起訴猶予処分となるでしょう。

 被疑者が逮捕される身柄事件では身柄拘束期間に制限があります。警察は,被疑者逮捕から48時間以内に事件を身柄と捜査書類と共に検察官に送致しなければならず,送致しないのであれば被疑者を釈放しなければならないとされ(刑事訴訟法第203条1項,4項),検察官に送致された後,検事は10日間の勾留請求をするか,それとも被疑者を釈放して在宅捜査に切り替えるかの判断をします(刑事訴訟法第204条1項,3項)。このような時間的制約がある身柄事件と違って,逮捕されない在宅事件では,捜査に時間的制約はなく,あるとすれば公訴時効だけです。ですからいつ送検されるかはもっぱら警察の裁量に委ねられているのです。警察段階で示談が成立し,被害届が取り下げられて事件が終結すればよいですが,示談が成立できない場合,被疑者は長く不安定な立場におかれます。警察は果たして事件捜査をしているのか,いつ警察から呼出しがあるのか,いつ送検されるのかなど,心理的に不安定な状態におかれてしまうのです。弁護人が就いていないとなおさらですが,当事務所では,そのような被疑者の不安定な心情に配慮して,警察への継続的な連絡をとります。時には,書面をもって早期終結を上申するなどのアクションをとることもあります。ここでも,弁護人の助力が重要なのです。

 次に,事件が被害届の提出にとどまらず,告訴や告発があった場合はどうでしょうか。告訴や告発には,被害届と異なって,いくつかの法的効力が与えられています。告訴や告発があった場合には,警察には速やかに捜査すべき努力義務が課され(犯罪捜査規範第67条),検察官に送致しなければならないとされています(刑事訴訟法第246条本文)。つまり警察限りで事件を終わらせることができないのです。送致を受けた検察官は,告訴・告発事件について起訴不起訴の判断をした場合には,告訴人・告発人にその結果を通知しなければならないとされていますが(刑事訴訟法第259条,260条),この点でも単なる被害届とは扱いが異なります。告訴や告発にはこのような縛りがあることから,警察も告訴や告発の受理には慎重です。警察には告訴・告発の受理義務はあるものの(犯罪捜査規範第63条1項),疎明資料としての証拠が求められることから,それを盾に「証拠がない」としてなかなか告訴や告発を受理しない実務傾向にあります。一方,告訴や告発する側も,虚偽告訴罪とならないように注意が必要です。
 ところで,告訴事件の中でも親告罪の場合には示談の成否はさらに重要です。告訴取下げとなると,検察官は,訴訟条件欠缺となるため,当該事件を起訴できなくなり,事件の終局的な解決が図られるのです。ですから,器物損壊等の親告罪の場合には,何としてでも捜査段階において示談を成立させ,告訴取下げにもっていきたいところです。告訴取下げがあっても,警察は事件を検察官に送致しますが,検察官において告訴取下げを理由に不起訴処分とするという流れになります。
 親告罪の事件であっても,被害届のみが提出されていて,告訴がまだなされていない段階で示談交渉をすることもあり,被害届すら提出されていない段階で示談交渉を行うこともあります。この場合に,示談が成立した際,示談書に,「刑事告訴をしない。」との条項を入れることはよくあり,そのような条項が被害者も納得したうえで入れられたのであれば,将来の告訴回避の事実上の効果はあります。

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