窃盗(万引き等),詐欺,横領等の示談について

窃盗(万引き等),詐欺,横領等の示談について

 窃盗,詐欺,横領といった,被害者の財産権侵害を伴う財産犯においては,被害回復の程度が加害者,すなわち被疑者や被告人の終局的な処分に大きく影響します。そのため,被害者に対して積極的に被害弁償を行っていく必要性が高いです。被害者としても,失った財産を取り返したいという気持ちが当然あることから,被害弁償を受けること自体に消極的なことは稀で,弁護士を通じた示談交渉にも応じてくれることは多いです。
 もっとも,財産犯であるからといって,単純に「お金の問題」と高を括って交渉に臨むのは好ましくありません。被害者の被害感情が専ら財産権侵害の点のみから生じているとは限りません。特に,被害金額が少額であるからといって,被害者が簡単に示談に応じてくれるものと決めつけてはなりません。
 例えば,万引き事案では,薄利多売の店舗で起きた事件であれば,被害金額は僅少でも,被害店舗としては被害金額を埋め合わせるために,その何倍もの売り上げを行う必要が生じます。被害店舗の責任者や,従業員は,被害申告した後も何度も警察署に呼ばれ,長時間の事情聴取と並行しながら業務に従事することを強制されることもあるのです。被害者の精神的な負担とそれによる憤りは大きいことが分かるでしょう。常日頃から万引き被害に悩まされている店舗であれば,加害者に対する処罰感情は強いのです。
 また,会社の本社方針として,万引き犯とは一切示談に応じないと決めていることもあります。詐欺や横領等の他の財産犯でも同様のことが言え,詐欺の被害者であれば,自身の無知,不注意,弱みに付け込まれて騙されたことに対する不快の念や憤激が予想されますし,勤め先で敢行した横領事件であれば,信頼関係を蔑ろにされたことに対する被害者からの憤りが予想されます。被害者が長時間の事情聴取や現場検証の立会い等,捜査協力に長時間を要することも,窃盗の場合と同様です。
 いずれにしても,単なるお金の問題として高を括らず,被害者の精神的苦痛や憤りの気持ちを考えるべきです。弁護士も加害者の代理人として,被害者の精神的苦痛を踏まえた上で交渉に臨む必要があります。被害者も,加害者側から誠意ある対応をしてもらえるのであれば,無駄に長引かせず,事情聴取などの事件に係る負担から早期に解放されることを望んでいることが多いのです。

被害者への謝罪について

 被害者の精神的苦痛等も念頭に置いた上で謝罪の意思を被害者に伝えることになりますが,財産犯では,性犯罪被害者と異なり,被害者は加害者本人との面会を拒絶するとは限りません(性犯罪被害者が加害者に二度と会いたくないことは当然です)。被害者によっては,加害者本人が謝罪に来ない限りは示談に応じないという意向を示すこともあります。加害者本人が未成年の場合にはその両親も同伴の上で直接の謝罪を望むケースもあります。そうした被害者の意向を把握し,加害者本人が直接謝罪することが被害者の被害感情を和らげ,話合いが進展すると見込まれる場合には,弁護士と一緒に初回の面会時に同席することも検討すべきです。
 加害者が逮捕されて身柄が拘束されている場合には,同席することはできません。その場合には,事前に加害者から謝罪文を預かり,弁護士の方から謝罪文を手渡すという方法を採らざるを得ません。注意すべきことは,加害者が弁護士に事件のことを丸投げし,誠意ある対応をしていないと被害者に感じさせてしまう可能性があるということです。この点も弁護士の交渉の仕方で左右されます。

被害者との連絡方法について

 示談交渉に着手するにあたっては,被害者の連絡先が判明していない場合には,まずは弁護士が警察や検察官等の捜査機関を経由して連絡を試みることになります。捜査機関から被害者の意向を確認してもらい,被害者の承諾の下でその連絡先を弁護士側へ開示してもらうのです。
 被害者によっては加害者側の弁護士に連絡先を教えることに抵抗を感じることも珍しくありません。その場合には,事務所の代表番号等,弁護士側の連絡先を被害者に伝えてもらうよう,捜査機関へ要請しておくのがよいでしょう。この場合,被害者からの連絡を待つしかありません。
 なお,財産犯でも,被害者が加害者に対する強い処罰感情を有している場合には,連絡先の開示を拒否される可能性もゼロではありません。その場合でも,被害直後の処罰感情が時間の経過と共に和らぐ可能性があるので,弁護士を通じて,あきらめずに再度の連絡を試みましょう。被害弁償の準備が出来ているにも関わらず,被害者が被害弁償の受領を強く拒否している場合には,弁済供託を行うことも視野に入れる必要があります。

示談交渉の実際

 被害者にしてみれば,弁護士との示談交渉自体も負担となります。示談交渉のために時間を犠牲にし,思い出したくない事件のことで再度振り回されることで,更なる精神的苦痛を与えてしまうこともあるのです。少しでも被害者の負担が軽減されるように配慮すべきである。
 例えば,面会日時や場所は,被害者の意向を尊重します。万引き事案においては,店舗によっては示談に応じてくれないこともあります。その場合には,被害品の買取等を通じて,最低限の被害弁償を行うことになります。
 示談交渉において最も重要なのは被害弁償です。被害者との示談交渉を開始するにあたって,示談原資がいつまでに,どの程度用意できそうなのか見通しを立てます。そして,示談原資の用意が出来た場合には,弁護士の方で預り,示談締結後速やかに被害者に支払いができるような体制を整えておきます。示談締結時に手渡しで現金を交付することもあれば,後日振込という形を採ることもあります。いずれにせよ,示談締結後速やかに支払いを完了することが被害者の負担を減らし,事後の蒸し返しを防止することにつながるのです。
 なお,量刑上重要なのは,示談原資を誰が用意したかという事実よりも,侵害された財産権が回復され,違法性が事後的に消滅したという事実です。一時的に家族が示談金を立て替える場合には,本人はその立替金を家族に返すべきで,被告人質問などで被告人が終局的に示談金を負担する意思があることを表明する必要があります。

 被害額を踏まえて,弁護士側から被害者へ示談金額を提案することが多いです。被害者の精神的負担を考慮すれば,被害金額にある程度上乗せした示談金を支払うことが多いですが,逆に被害金額以上の金銭の受け取りは拒否されることもあります。加害者側と被害者側として認識している被害金額が異なることもあります。例えば,加害者が,勤続していた会社のお金を複数回,長期に渡り着服していたような業務上横領事件では,その被害金額について会社側が主張する金額と,加害者の認識とに齟齬があることが珍しくありません。既に立件されている場合には,捜査機関が把握している被害金額や証拠関係等を見て検討する余地はあるが,立件前の段階で早期解決の必要がある場合には,被害者側の主張額(食い違いの程度にもよりますが)を前提とせざるを得ないこともあります。
 また,被害金額が高額である場合には,示談金が一括ですぐに用意できないこともあり,その場合には分割払いのお願いをすることもあります。被害者としては,当然一括の弁済を望んでいるから,分割払いを提案する場合でも,頭金としてある程度まとまった金額を用意するなど,被害感情を配慮するようにしましょう。
 また,分割払いの際には,加害者側が現実的に弁済できる条件を提示することが重要です。事案によっては,被害者が加入していた保険会社を通じて被害者への損害の填補が完了しているケースもあり,この場合には,保険会社からの求償に応じることが,被害者への実質的な被害弁償と評価されます。

 被害者への接触禁止や事件現場に二度と近づかないこと等の誓約も求められることが多いです。この点も合意できて,条件がまとまれば最終的に示談書を作成し,締結しますが,その際に最も重要なのが,被害者の宥恕文言,すなわち,被害者が加害者を許す旨の意思表明を得られるかです。それがある場合には,刑事手続上,寛大な処分へと大きく作用するからです。また,宥恕意思のある被害者の場合には,被害届の取下げや告訴取消しにも応じてくれる可能性が高いです。窃盗罪,詐欺罪,横領罪はいずれも非親告罪であり,被害届の取下げのみならず,告訴取消書にも,事件終結の法的拘束力は無いものの,被害者の被害感情の緩和・消滅と評価され,単純な宥恕以上に,加害者側に有利な証拠となり得ます。

示談締結後に行うべきこと

 示談締結後,事件が既に立件済みの場合,弁護士は示談後,示談書の写し,示談金受領証の写し,被害届取下げ書の原本等を速やかに捜査機関に提出します。送検前であれば警察署,送検後は担当検事へ提出します。弁護士からの書類を受領した捜査機関は,被害者へ確認の連絡が行いますので,その意味でも示談交渉は誠意ある態度で,かつ,被害者意思を尊重して行う必要があるのです。この連絡の結果,被害者が意図しなかった内容が示談書に盛り込まれていたことが判明する等し,示談が無効になってしまう場合もあるのです。
 弁護士としては被害者に対し,示談書締結時に十分と書面の内容や記載文言の意味を説明しておくことが求められます。

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