示談交渉が脅迫・強要とならないために
示談交渉を進める際に,最も注意しなければならないことは,熱心さのあまり,示談交渉自体が,脅迫や強要といった犯罪行為となってしまうことです。
脅迫罪(刑法222条)は,相手に対して害悪を告知する行為で,実際に相手が畏怖したかどうかも関係なく,害悪を告げただけで犯罪となります(2年以下の懲役または30万円以下の罰金刑です)。
強要罪は,他人を「脅迫」することにより,義務のないことを無理やりさせたり権利行使を妨害したりする犯罪で,刑罰も脅迫罪のものより重く,3年以下の懲役刑です(刑法223条)。
示談は,両当事者の自由意思による合意ですから,当事者はもちろん示談を拒む自由があります。それを害悪を告知することによって無理矢理成立させようとすると,相手に義務なきことを行わせることになるので,脅迫となり,強要となります(脅迫罪は強要罪に吸収されます)。
トラブルになると、つい感情的になり,エスカレートして「警察に告訴するぞ」,「裁判に訴えてやるぞ」などといった言葉が口から出てしまいがちです。また,被害者には告訴権があり,裁判を起こす権利がありますから一見すると正当な権利行使の告知と言えそうです。
しかし,正当な権利行使の範囲を逸脱し,相手を畏怖させる行為,とりわけ告訴や裁判を起こすつもりもないのにこのようなセリフを感情に任せて口に出すのは,脅迫罪,強要罪になり得る害悪の告知なのです。
弁護士を立てずに友人らを代理人に立てて示談交渉をするケースも巷には多くみられますが,法律の素人なのでついついルールを逸脱し,脅迫罪,強要罪を犯してしまうものです。もし示談交渉に関し,当事者から報酬を得ていたなら弁護士法違反(非弁活動)にもなります。被害者が加害者になってしまわないように,信頼できる弁護士に依頼すべきです。
示談交渉にあたった弁護士が逮捕された事件もあります。国選弁護人を務めていた弁護士が,傷害事件の被害者やその親に手紙を送り,「お前は法廷で証言させられるが何もいいことはない。一日も早く心にもない被害届や告訴を取り下げろ。」などと暗に被害届の取下げを強要したという強要未遂で逮捕されたのです。
また,こんな事例もありました。カジノをめぐってトラブルになっていた仲介に入った店側の弁護士が,「署名せえへんかったらわかっとるやろうな」などと20代男性を脅し,損害賠償や慰謝料の支払い義務があると認める示談書に署名させた疑いがあるとして逮捕された事例です。いずれの脅迫文言も,これが弁護士かと思わせる品位のないものですが,品位を欠くにとどまらず,犯罪となって,弁護士が一転して犯罪者に転落する瞬間なのです。