示談交渉の必要性
なぜ示談交渉が大切なのでしょうか
最近の検察官主張としてよくあるのは,「被告人が被害者に対して慰謝の措置をとることは損害賠償義務の履行であるから当然であって,ことさら被告人に有利な情状として扱う必要はない。」というものです。
しかし,現時点においても,多くの裁判例において,量刑の理由の項目において,被害者との示談が成立していることが被告人に有利な情状事実として挙げられています。最高裁判例においても,示談の成立を理由に,原判決を破棄し,刑を軽減しているものがあります。示談の成立が被告人に有利な情状と考えられていることは明らかなのです。
示談の成立が,被告人にとって有利な情状として扱われている理由は,被害者の被った損害を事後的に回復しており,違法性が減少したと言えるからです。例えば,財産犯については,金銭を支払うことで,一定の財産回復が図られることになります。
損害の回復とは別に,被害者の被害感情が緩和されていることも,示談の成立が被告人に有利な情状として扱われる理由となります。
否認事件でも示談交渉をするのでしょうか
捜査段階と公判段階とでは,否認事件において示談へのスタンスが大きく異なります。被告人が公訴事実を否認している場合,示談が成立したことを理由に寛刑を求める主張と,無罪を求める主張は両立しないことが多いです。犯人性を争う場合や,客観的構成要件該当性を争う場合,被告人の主張を前提とすると,被告人には損害賠償責任は生じないことになるので当然のことです。もっとも,捜査段階では,不起訴処分を獲得することが第一の目的となるので,起訴猶予処分を得るために示談交渉に着手することがあります。
例えば,客観的に被害者等に損害が生じていることについて争いはなく,専ら被告人の故意等の主観的要件を理由に無罪を主張する場合には,無罪主張,つまり嫌疑不十分による不起訴を第一の狙いとしつつ,予備的に示談成立,起訴猶予を狙うこともあるのです。仮に無罪主張が通らずに起訴されたとしても,裁判で減軽を狙い,あるいは,将来の民事訴訟や損害賠償命令申立を防ぎ,紛争の早期解決を図るために,捜査段階から示談交渉に着手することがあるのです。
一方,公判段階においては,示談の成立を理由とする情状の主張は,無罪主張と矛盾するので,示談交渉には着手しないことが多いです。
誠意ある示談交渉が必要です
通常,起訴から3週間程度で,検察官から検察官請求証拠が開示されますので,示談交渉の際には,被害者の供述調書等の書証を確認した上で,示談交渉に臨む必要があります。被害者の具体的な供述内容を精査することで,被害の具体的な内容や被害感情を把握できますし,被告人の供述との相違点も具体的に把握できます。
公判段階における示談交渉の際には,示談書を弁護人請求証拠として請求することを念頭において示談書を取り交わすことが重要です。被害者の自由な意思で示談したということが大切なのです。検察官は,弁護人から示談書の開示を受けた後,必ず,被害者に示談書の内容等を確認します。示談交渉の場においては,検察官が同席していると思って,真摯に,任意に,正当に示談交渉をすべきです。しかも,示談書の内容は分かりやすいものでなければなりません。被害者が理解できないような法律用語で書かれるならば,裁判で争われることにもなります。例えば,「宥恕」という文言ではなく,「許す」等の平易な文言を使うべきことや,「許す」という抽象的な表現ではなく,「刑事罰を望まない」という具体的な文言を用いるべきでしょう。「許す」という抽象的であいまいな文言を用いた場合には,「示談書の中に,『許す』という言葉が使われていますが,犯人に対して全く刑罰を科さなくてもいいという趣旨ではありません。お金は払ってもらいましたので,これ以上,お金を請求するつもりはないという趣旨で,『許す』という条件の示談書にサインしましたが,刑罰についてはしっかりと受けてもらいたいと思います。」ということにもなりかねないです。
ここで裁判例を紹介します。東京高判平成27年8月31日は,「許す」旨の文言が用いられた示談書に対して,「示談したことは間違いないが,必要なら処罰してもらってかまわない」旨の検察官作成の電話聴取結果報告書が提出された事例でした。もし,示談書の文言が「刑事処罰を望まない」というものであったら,このような争いは避けられたはずです。
もちろん,被害者の気持ちが大切ですから,「刑事処罰を望まない」という条件で示談を成立させることが困難な場合もあります。