被害者との示談交渉アレンジ
加害者が事件を起こした後,被害者と示談をしたいと思っても,被害者の連絡先等がわからなければ何もできません。警察官に被害者の連絡先を聞いても教えてはくれません。加害者による被害者に対する働きかけや口封じのおそれがあり,お礼参り,つまり,警察に通報したことに対して復讐行為を行うおそれがあるからです。
また,たとえ加害者が被害者の住所等を知っていたとしても,事件後に直接,被害者方を訪問するなどして示談を持ち掛けるのは避けた方がいいです。弁護士ではない知人を通じて行動することも避けた方がいいです。被害者は警察に通報するかもしれませんし,対応によっては強要罪や脅迫罪で訴えられるかもしれません。知人がもし示談の報酬を受け取るなら,非弁活動として弁護士法に違反してしまいます。また,そのような法律違反にならないよう慎重に行動するとしても,被害者の立場からは,自分に危害を加えた者が再度自分に接触してくること自体,恐怖を感じます。示談が可能な事件であってもやり方が悪かったために示談交渉を門前払いされ,その結果,重い刑事処罰を受けることになりかねないのです。
やはり,被害者のいる事件は弁護士を依頼することが必須となります。さて,弁護士を雇いました。その場合,弁護士であっても,いきなり直接被害者に接触することにはリスクがあります。被害者は,突然弁護士から連絡があれば戸惑うでしょう。実際,その人間が弁護士かどうかもわかりません。弁護士を装って口封じのためにやってきたのではないかと疑うこともあります。電話口で「弁護士です」と名乗られたところで信じてはもらえないのです。振り込め詐欺(オレオレ詐欺)事件が多発している現状では尚更のことです。経験の浅い弁護士はこのような失敗をし,被害者の心証を悪くして二度と示談交渉に応じてもらえないこともあります。適切な弁護士をどのように選ぶかについてのひとつの基準は,このようなデリケートな示談交渉に関する経験やノウハウを持ち合わせているかどうかということになります。
弁護士は,加害者から依頼を受け,弁護人選任届を警察あるいは検察庁に提出したら,最初に行う活動はまさに示談交渉ですが,いきなり直接,被害者に接触するのではなく,担当の警察官もしくは検察官に被害者の意向を聞いてもらうように依頼しましょう。そして,もし示談する意向を有しているならば,被害者の連絡先を弁護士に教えてもいいかどうかを警察官や検察官に聞いてもらいます。
被害者が示談に応じる気持ちを持っているかどうかはわかりません。事件のショックで事件のことは思い出したくなく,弁護士にも会いたくないという被害者は大勢います。一方で,犯罪被害に遭って精神的・経済的な被害を受けた方は「それを償ってもらいたい」,「刑罰を受けるのは当然だが,民事的損害についても償ってもらいたい」,「誠意ある謝罪もしてもらいたい」と考える被害者も多いです。当然のことです。そこで,被害者が示談というものに対してどのような意向を有しているかを警察官や検察官に聞いてもらうのです。その結果,被害者が弁護士に会うことを拒否し,その連絡先も弁護士には教えないでほしいという意向を示す場合があります。こうなると,弁護士はこの時点では示談交渉に着手することはできません。ただ,被害者の気持ちは時の経過に伴い,変わることもあり,当初は,加害者に対する怒りと恐怖と処罰感情でいっぱいであった被害者も,日が経つにつれ,そのような感情とともに,被害を金銭的にも償ってもらいたい,あるいは,刑罰という制裁だけでなく,民事賠償という形で経済的な制裁も加えたいとう気持ちになってくる場合があります。ですから,一回,示談交渉を拒否され,門前払いされたからと言って諦めるのではなく,捜査段階では無理でも,起訴後にもその意向確認,つまり示談交渉に応じないという気持ちに変化がないかを検察官に聞いてもらい,さらに,判決前にも聞いてもらうなどの試みをすべきです。ただ,あまりにも頻繁に被害者に意向を確認するのは却って逆効果になることもあり,警察官や検察官も,弁護士に言われたからといって,必要以上に被害者に示談に応じる気持ちがないのかなどと聞くことは,まるで弁護士の味方のように思われてしまうことから,頻繁な意向確認は通常しません。せいぜい,今言った,捜査段階,公判段階,判決前の三回くらいでしょう。
在宅事件で,まだ事件が検察庁に送致されていない段階では,弁護士は担当警察官に対して被害者の意向確認を依頼することになりますが,警察官の中には,「捜査中であるからそのようなことはできない」と言って協力を拒否する警察官も,偶にいます。そのようなときは,弁護士としては,警察官に対し,捜査妨害はしないし,加害者に被害者情報は教えないなどと言って(場合によっては誓約書を提出して)説得することになりますが,それでも警察官が拒否するなら,事件が検察庁に送致されて担当検察官が決まるまで待たなければいけません。検察官であれば,そのような被害者の意向確認の依頼には応じてくれます。
警察官や検察官は,たとえ弁護士に対してであっても,被害者の連絡先を,被害者の了解も得ずに教えることはありません。警察官も検察官も必ず被害者に確認して,示談交渉を申し出ている弁護士に連絡先を教えて良いかどうかの了解を貰います。こうして,警察官や検察官から連絡を受けた被害者は,弁護士であれば自分の携帯番号等の連絡先を教えても構わないと考え,「教えてもよい」との回答をする方もいますが,中には自分の情報を弁護士に教えたら加害者に筒抜けになり,教えたくないと考える被害者もいます。その場合には,弁護士の連絡先を被害者に教え,被害者から非通知で弁護士に連絡させるという方法もあります。また,弁護士としても,そのような対応を可能とするために,弁護士より「被害者情報を加害者に開示しません」という誓約書を検察庁に提出して被害者に安心してもらう工夫をします。加害者に被害者情報が絶対に伝わらないという安心感や信頼感を被害者に持っていただくことはとても重要です。
こうして,警察官や検察官から被害者の連絡先を聞くことができた弁護士は,被害者に連絡を入れ,あるいは,被害者から直接連絡を受けることで,示談交渉に着手することになります。