被害者の心情に思いを致すということ

被害者の心情に思いを致すということ

 示談交渉は,犯罪被害者の気持ちを知ることから始まります。

 事件が起き,犯罪被害が発生します。被害に遭った方は,被害それ自体の精神的・肉体的な甚大な苦痛に加え,また犯人がやって来るのではないかという恐怖感でいっぱいになります。警察に通報したならば復讐にやってくるのではないか,家族も狙われるのではないかなどという恐怖感です。警察に通報し,被害届を提出した後も,犯人逮捕までの間,被害者は長く屈辱的な日々を送ります。被害者にとっては,思いもよらない理不尽な事件に遭遇し,恐怖と憤りと不安の中,奈落の底に突き落とされたような思いで毎日を過ごすでしょう。

 しかも,犯人逮捕までは,事件当事者のうち,もっぱら被害者のみが引き続き刑事手続,つまり,供述調書作成,現場検証立会い,再現実況見分などの捜査手続に協力させられ,精神的経済的な負担を強いられます。顔見知りの犯行の場合には,知り合った経緯から被害に至るまでの事情を相当長時間にわたって聴取され,その事情聴取も2度3度で終わらないことがあります。

 一方,見ず知らずの者が加害者である場合には事情聴取自体はそれほど長時間にわたるものではないですが,犯人識別にはかなりの神経を使い,また,性犯罪等の被害にあっては,被害の再現見分の実施にも協力を求められるので,精神的に相当な負担がかかり,中にはPTSD(心的外傷後ストレス障害)に罹患してしまう被害者もいます。
 被害者は,このような生活を送る中で,犯人が未検挙となっていることで,再び自分のところへ立ち戻ってくるのではないか,警察に被害申告をしたことを聞きつけて報復にやってくるのではないかといった安全に関する不安に悩まされ,外出することすらままなりません。通勤通学経路を変えたり,両親等に送り迎えしてもらうケースもあり,中には,引っ越しをしたり,会社を辞めて実家に帰る被害者も現にいます。その精神的・経済的負担は計りしれないものがあります。

 このように,被害者は,犯罪被害に遭ったことで肉体的・精神的,さらには経済的な被害を直接被っただけでなく,その後も捜査等の過程でこうして精神的・経済的な苦痛を強いられており,そうした被害者の苦悩は,加害者もその弁護士も決して忘れてはならないことです。それなくして示談はできません。

 弁護士は,依頼者である加害者の利益のために活動するのですが,それと同時に被害者の感情に配慮した交渉を進める必要があります。加害者やその弁護士の中には,手っ取り早く示談解決しようとして,お金にモノを言わせ,「●●円払いますから示談してください。」「明日勾留満期なので,この示談金をもって被害届を取り下げてください。」などと無神経に進めようとする方もおりますが,そのような,いわば自己中心的で無神経なアプローチは全く逆効果で,結局,依頼人の利益にもならないのです。

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