重大事件の示談について
重大事件,例えば,殺人罪,傷害致死罪,一部の傷害罪,危険運転致死罪,現住建造物放火など,犯罪の結果が重大で,行為態様も悪質な犯罪では,示談交渉に際して被害感情への特別な配慮が必要です。
このような重大事件のほとんどすべてにおいて共通するのが,被害感情の激烈さです。
配偶者や両親,わが子の生命を奪われた者,自身の生活基盤たる住居を奪われた者の脳裏には,「被疑者・被告人と示談をする」といった選択肢はまずあがってこない。これは当然のことです。被害者(被害者遺族も含む)の心情を想像すれば,よほどのことがない限り,被疑者・被告人にできる限り重い刑事罰が下されてほしい,どれほど手厚い金銭的補償を受けても,被疑者・被告人を「ゆるす」など考えられないことでしょう。
被害者や被害者遺族が弁護人との接触を拒否しなかった場合であっても,その後の示談交渉において性急さは禁物です。被害者や被害者遺族が接触を許容したといっても,被害者遺族としては,被疑者・被告人の現時点での心境を知りたい,なぜ自分たちの身内が命を奪われるようなことになったのか,事実の経緯を知りたい,という一心から,弁護人からの連絡を拒否しなかったに過ぎないのです。被害者遺族がショックから立ち直り,金銭的な補償や公判における審理のことを考える余裕が生まれるまで,あくまで謝罪に徹するべきでしょう。
もし被害者遺族の承諾が得られれば,被害者の葬儀への参列,お墓参り等も行うべきでしょう。被疑者・被告人を宥恕する意向について尋ね,あるいは示談の条件を切り出すのは,ずっと後のことです。
被害者や被害者遺族の選任する代理人弁護士が介在する場合
ところで,重大事件においては,被害者や被害者遺族の選任する代理人弁護士が介在する場合も多いです。この場合は,連絡先はもちろん被害者等代理人弁護士にすべきです。被害者本人や被害者遺族の,その時点での精神状態(そもそも事件に関する話をできる状態にあるのか否か,被疑者被告人サイドの情報に接触すること自体を許容できるか否か)を一番把握しているのは被害者等代理人弁護士です。弁護人としては,被害者等代理人弁護士と密に連絡をとり,謝罪や,実質的な示談交渉にはいるタイミングについても協議を重ねることになります。そして,そのタイミングについても,被害者等代理人弁護士の判断を尊重すべきです。
被害者本人や被害者遺族に誠意を尽くして謝罪を行い,被害者本人・被害者遺族の被害感情がある程度緩和された段階で,初めて示談の条件等に関する実質的な交渉が始まります。その際,心がけるべきことは,「ゆるす」「刑事処罰を求めない」といった宥恕文言にこだわるべきではないということです。重大事件における苛烈な処罰感情は,事件からある程度時間が経っても,根気よく謝罪を続けたとしても,そう簡単に和らぐものではないのです。宥恕文言自体にこだわり過ぎると,ある程度和らいできた被害感情が再燃することもあり得るからです。
示談金額について
特に人の死や,家屋の焼失といった極めて重大かつ回復不能な犯罪結果が生じた場合,被害者及び被害者遺族に生じた損失は極めて莫大なものとなり,金銭に評価してもその額は極めて高額になるでしょう。高額の示談金を,一度に工面することのできる被疑者・被告人はそう多くはないでしょう。金銭的補償以外の手段による誠意に裏打ちされた被告人の行動こそが大切なのです。結果的に示談が成立しなかったとしても,真に反省悔悟しているなら,その気持ちが表れた謝罪文は,仮に被害者遺族に受取りを拒否されたとしても,その事実自体,裁判官の判断に影響を及ぼしうるのです。
また,示談金を工面する過程も重要です。被告人本人やその親族がどのような苦労をして,示談金を捻出したのか,なぜその金額に止まったのか,といった事情も,刑の重さをはかるうえでの判断の一事情となります。