被害者代理人と示談交渉をする際の注意点について
代理人同士の示談交渉であっても,被害者代理人の後ろには被害者本人がおり,弁護人の後ろには加害者本人がいるということを常に頭におくべきでしょう。加害者代理人と弁護人は,互いに法律と交渉のプロであり,それぞれの依頼者のための最善を目指し,時として依頼者が持ちがちな生の感情を表に出すことなく,冷静に示談交渉を進めることが求められています。弁護人の言動は,それが被害者代理人を通じて被害者側に伝われば,たとえ,被害者代理人が交渉の状況を一語一句伝えなくとも,その雰囲気は伝わります。被害者側からすれば,弁護人の言動は加害者の言動を反映するものと受け取られてしまうのです。弁護人は,被害者代理人に対して冷静に加害者の立場や主張を説明しているつもりであっても,それがあまりにも被害者の立場を考慮せず,そうでなくとも事務的で冷たく,場合によっては被害者側を更に傷付けるなどの不用意な言動があると,それが被害者代理人を通じてたちまち被害者側に伝わり,示談を困難することはよくあります。ただでさえ困難な示談を更に困難にする新たな火種となりかねないことに注意すべきでしょう。重要なことは,示談金額等の示談条件の提示・交渉以前の問題として,まず弁護人は,加害者が犯した被害者に対する法益侵害の重大性や被害者の心情に対する理解を深める説得が必要で,その上で,被害者に負わせた心身の傷や迷惑を真摯に顧み,謝罪や贖罪の意思をもっていただくことが重要です。そのためには,当然のことながら,弁護人自身が,被害者の心身の傷等の損害をその心情につき,共感を持って理解する人間性が求められるのです。
最も重要なことは,加害者の枝葉末節の主張を通すことではなく,加害者の謝罪・贖罪の意図を被害者側に伝え,円満に示談を成立させることです。
特に,加害者と被害者との間において,事実に関する認識の相違があり,加害者が自らの認識をあくまで貫く場合には,弁護人としてもそれに従わざるを得ないために,示談交渉に困難をきたします。そのときには,加害者と被害者の認識の相違が,事案の解決に必要不可欠で根本的な事情なのかどうか,加害者として百歩譲って解決を優先させる合理性があるのではないかを検討したうえで,被害者の主張を真っ向から否定するのではなく,柔軟なスタンスで示談交渉を進めることもあります。こうした交渉は,経験豊かな弁護士にしかできません。